2. こんどは目でマンダラを見つめる
2.1 仏たちがぎっしり画面に並んで
2.1.1 もとは行者の頭の中にあった仏たち
マンダラはどこで目にすることができるだろうか。
高野山の霊宝館など言言宗本山の宝物館には由緒あるマンダラが展示されているが、近くの真言宗寺院の本堂にも礼拝の対象としてマンダラの二枚の軸が掛けてあるはずである。
この二枚の絵図によって宇宙の整いぶりが表現されている。
これまで見てきたように、真言密教というのは体験本位であるために、その世界を言葉で説明しようとすればするほど、まどろっこしさを感じてくる。
そのため、絵画とか彫刻で密教世界を表現しようとする試みがさかんに行なわれ、それ
が今も密教芸術として高い評価を受けている。
言葉で表現しにくい境地を芸術表現によってずばり心に訴えようというわけである。
空海も、こう言っている。
「密教の教えは奥深いので言葉では表現しにくい。だから図画でその世界を示そう」
たしかに絵像によって理解できる部分が多いのだが、そのなかでも密教の一番微妙な真髄を理解しようとすれば、それはマンダラに頼るしかない。
「マンダラ」という言葉に、その意味が込められている。
これは古代インドで使われていたサンスクリット語なのだが、「マンダ」は「真髄」を意味し、「ラ」は「所有する」ということである。
マンダ十ラ=真髄を所有する
<絵>マンダ(真髄)+ラ(所有する)
つまりアノダラは真髄そのものの表現ということになる。
このマングラは、普通は礼拝の対象となっているが、実用に使われて一番に光るのは灌頂(かんじょう)という儀式のときである。密教と直接に縁を結ぶ大事な儀式で、それに参加する者は目隠しされて道場の壇の前に導かれる。その壇の上にマンダラが敷かれていて参加者はそこで両手の中指を重ねて挟んでいたしきびの華(はな)を投げる。すると華はマンダラにぎっしり描かれた仏のどれかの上に落ちる。
その仏を自分の念持仏(ねんじぶつ)にするというわけである。
<絵> 念持仏
それにしても、マングラには、よくぞこれほどにと思うほど多数の仏が描き込まれている。しかも整然と並べられてある。
といっても、はじめから、このように整然と描かれていたものでなく、もともとが瞑想する行者の頭のなかに浮かんだのを絵としているから、人によってさまざまで、絵もいろいろと違っていた。それがヒンズーの神を取り入れたりして多様化し、だんだんに整備されてきた。密教七番目の恵果の頃に最も整備されたというから、日本には完成した状態のマンダラが空海によってもたらされたことになる。
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【マンダラの種類】
マンダラには次の四種類がある。
大(だい)マンダラ 尊像(そんぞう)マンダラとも言うように、仏の姿そのままが描かれているもので、一番分かりやすい。本書でも、この大マンダラにそって話を進めていく。
三昧耶(さんまや)マンダラ 仏はいずれも三鈷(さんこ)とか剣とか蓮華(れんげ)とかの仏具類を手にしており、その持ち物を三昧耶形(さんまやぎょう)といい、それを示すだけでどの仏かが分かるため、その持ち物だけを描いて仏を表わしている。
法(ほう)マンダラ 仏はそれぞれの働きを象徴する梵字(ぼんじ)を持っている。○(キリク)といえば阿弥陀如来(あみだにょらい)、○(バク)といえば釈迦如来というように、定まった梵字があるので、それを仏像の代わりに描いたもの。
羯磨(かつま)マンダラ これまでの三種は、いずれも平面的な画面に描かれているが、これは立体的である。つまり彫刻の仏像で表現されるのだからスケールも大きい。よく例に引かれるのは高野山根本大塔の内部である。中央に大日如来と四仏が安置され、それを取り巻く十六本の柱に、それぞれ仏が描かれている。東寺講堂も仁王経(におうきょう)というお経にもとづいて仏像が配置されていて、これも羯磨マンダラである。
<写真> 大マンダラの一つ。木版両界曼荼羅図(金剛界)(東京国立博物館蔵)
<写真> 法マンダラの一つ。両界種字曼荼羅図(東京国立博物館蔵)
<写真> 羯磨マンダラの一例(東寺講堂の諸像)
<写真> 三昧耶マンダラに描かれる五鈷鈴と五鈷杵(東京国立博物館蔵)
【参考】梵字 http://www.art-kei.com/silhouette290pix/bonji/bonji_catalog_2.htm
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2.2.2 二枚のマンダラはここが違う
もう一歩、マンダラに近づいてみよう。
二枚が左右に掛けてあるはずで、向かって右が胎蔵(たいぞう)マンダラで、左が金剛界(こんごうかい)マンダラである。
二つのマンダラを識別するのは簡単である。
中央の蓮華台(れんげだい)の仏たちのまわりを他の多くの仏たちが重々に囲んでいるのが胎蔵マンダラで、画面が九等分されて仏が幾何学的に描かれているのが金剛界マンダラである。
<絵> 禅定印と智拳印
中央には、どちらも大日如来が描かれているが、手の組みかたが胎蔵は膝の上で手の平を重ねて親指で宝の珠(たま)の形をつくった禅定印(ぜんじょういん)で、金剛界は左手の拳から伸ばした人さし指を右手の拳でつつんだ智拳印(ちけんいん)を胸のあたりで結んでいる。
では、二つのマンダラはどう違うのだろうか。
胎蔵マンダラ
大日経の説く世界を図にしたものである。
背景の色の違いで仏たちのグループ分けがされていて、それぞれを「OO院」と呼ぶのだが、そんな個々にとらわれると煩雑さばかり先立つので、ここでは全体の大きな構図に注目してほしい。
真ん中に八葉の蓮台(れんだい)(蓮の花の台座)がくっきりと描かれ、中央の大日如来を守る八体の仏が蓮(はす)の花びらの上に坐っている。ぎっしりと整列した仏たちは十のグループ(院)に分かれて、それぞれの役割を果たしながら真ん中の蓮台を取り囲んでいる。
さらに一番外周を見慣れない姿の仏が、少し気取って並んでいる。
目を細めて見ると、仏たちが浮き立って見えるかもしれない。
これが胎蔵マンダラである。
一人の人間にたとえると、母の胎内に育ったいのちが慈愛に育まれてしだいに成長し、画面中央のようにいのちの花を大きく聞かせた状態に至る。
子どもを育てる母のような思いやりに貫かれた世界だが、わが子だけ可愛いという情に溺れることがない。理にかなった生きかたを完成させて社会のなかにしっかり位置する成人になれるように気づかっている。
だから、これを「理(り)のマンダラ」と呼ぶ。
大日如来の心の世界でもある。
<写真> 伝真言院曼荼羅(胎蔵界)(東寺蔵)
金剛界マンダラ
こちらは金剛頂経の説く世界を表現している。
やはり先入観なしで、じっと構図をながめてほしい。
スケールを当てたように両面が九等分され、どのパネルの仏たちも幾何学的な配列である。
胎蔵マングラは一見してストーリーを感じさせるのだが、こちらは純粋に絵画的、それもモダン・アートのようだ。
ここで表現されているのは智恵の世界である。ものの道理に添わずに、いたずらに身勝手な行動をとるときの暗闇の世界に智恵の光が届けられていくようすを表わしている。
つまり「智(ち)のマンダラ」であり、大日如来の頭脳の世界でもある。
<写真> 伝真言院曼荼羅(金剛界)(束寺蔵)
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【国宝のマンダラ】
マンダラで国宝に指定されているのは京都・高雄山神護寺蔵の高雄(たかお)曼荼羅、奈良・子島寺蔵の子島(こじま)曼荼羅、京都・東寺蔵の伝真言院(でんしんごんいん)曼荼羅でいずれも平安期のものである。この中では高雄曼荼羅が一番古く、大きさも一番(胎蔵446.4×406.3センチメートル、金剛界411×366.5センチメートル)である。
伝真言院曼荼羅は色彩が鮮やかで、仏たちの姿が肉感的、動的に描かれていて芸術的な評価も高い。
高野山には重要文化財の血マンダラというのがある。再建した金堂に掛けるマンダラを絵師に描かせたとき、平清盛がマンダラの功徳を願って自分の頭のてっぺんをかみそりで切って血を出し、それで胎蔵マングラの中央部を描かせたのだといわれている。
<図>マンダラ
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2.2.3 対立する二極が一つになる
二枚のマンダラについて話したところで、急いでつけ加えねばならないことがある。
胎蔵マンダラと金剛界マンダラは二つにして一つということである。
「理」と「智」のマンダラは、それぞれ異なった世界を表わしていることは先入観なしでながめただけでも分かるが、その二つの世界は二つにして二つでない。つまり一つだというのだが、それなら一枚に描き込めばいいはずだが、いや一つにして二つなのだという。
それを金胎不二(こんたいふじ)という。
このあたりのことは宗教体験の世界なので、言葉で言い表わそうとすれば矛盾した表現になってしまう。けれども現実には相対するものがそれぞれ自立していながら相手と二つで一つといった関係は少なくない。
陸地と海、男と女、昼と夜、夏と冬……。
片方だけでもそれぞれ地球、人間、一日、季節を表わしているのだが、やはり二つがセットになって実態を正確に伝えられる。が、陸地と海も、男と女も同じというわけにいかない。
相対するものがお互いに張りあって快い緊張感のうちに、相手の足りないところをカバーしあって、二つが一つの整いをつくりだしていく。
理と智の二枚のマンダラも同様である。
「快い緊張感」と「カバーのし合い」によって、実態をいっそう、リアルに正確に表現できるのである。
<図> 心の世界 胎蔵マンダラ 頭脳の世界 金剛界マンダラ 金胎不二
2.2 無限に広がるマンダラの空間
2.2.1 ヒマラヤ山塊の十兆倍も
いまは一刻も早くマンダラの世界に踏み込みたいのだが、その世界の広がりと時間のスケールを大まかにでもつかんでおきたい。
マンダラは限られた広さの画面に平面的に描かれるが、その実体は立体的で、高さと奥行とひだを備えている。
そして、その広がりは無限に近い。
密教の根本道場である高野山は標高九百メートルにある山上の盆地で、まわりに峯がつらなるのを八葉(はちよう)の蓮華の花びらと見なして山全体をマンダラとする見方は空海の時代からあった。
たしかに、もやの晴れていく夏の明け方とか、積雪した翌日の凍(こご)えた空の無窮(むきゅう)さなど、この世とは別の一角に立つような錯覚にとらわれることがあるが、そうした整いが宇宙全休にまで広げられて一枚のマンダラのなかにこめられている。
一枚の紙に宇宙がこめられてある。
宇宙といえばスペース・シャトルが飛ぶ時代になっても、いっこうに狭まった感しばしない。夜空を見上げて目にする星の光は、相変わらず何億光年もかかって届いてきている。真空のなかでは光は一秒間に三十万キロメートルほど進むというから、一年でざっと十兆キロメートルも進む計算で、それが一光年。それを何億倍もせよというのだから、宇宙の奥行きなど実感のしようがない。
それをなんとか実感できないものかと、仏教では一つの試みをしている。
<写真> ヒマラヤ山脈
世界の屋根といわれるヒマラヤ山塊(さんかい)を宇宙の広さを測定する目盛りにしているのだ。
仏教世界の中心を占めるのが須弥山(しゅみせん)という山である。それを妙高山と日本語訳してつけた山が信州にあるが、そんな程度の山ではない。
<図> ヒマラヤ 須弥山
高さ八億メートルというから、世界の最高峰エベレストの十万倍である。
その中腹を太陽と月が回る。
須弥山の周囲を八つの高い峰がとり巻き、山と山の間には八つの大海があり、人間が住んでいるのは一番外側の海にある四つの島の一つだという。
ああ、宇宙はヒマラヤの十万倍か。
と早合点できない。これが宇宙を計る一目盛りにすぎない。
一須弥山世界が千集まって小千世界となり、小千世界が千集まって中千世界となり、中千世界が千集まって三千世界となる。
それが宇宙だ、という。
これではヒマラヤ山塊がいくつ集まったことになるだろうか。
ざっと十兆個のヒマラヤが宇宙ということになる。一枚のマンダラにもこれだけの広がりがあるものと思ってかからねばならない。
2.2.2 羽衣で岩をすり切って一時間
悠久の時間もなんとかして実感したいと仏教は努めている。
芥子劫(けしごう)という時間の単位がある。
大きな城一杯に芥子粒を詰め込み、それを百年に一粒ずつ取り去って無くなるまでの時間である。
盤石劫(ばんじゃくごう)という単位もある。
<絵> 盤石劫
お城ほども大きい岩石を百年に一度、天女が舞い下りてきて、その羽衣で軽くすって去る。それを繰り返して岩石がすり減ってなくなるまでの時間である。
それが、腕時計の感覚でいえば一時間程度なのだから、気が遠くなる程度のことでない。
しかし、マンダラにはまぎれもなく、それだけの時間が含まれているのだ。
どうにもならない、と投げ出してしまいたくなる宇宙空間の広がりであり、時間の長さ
である。
そうした宇宙のなかに「起きて半畳、寝て一畳」の一人分のスペースと八十年の寿命をはめこんでみてもどうなるものでもない。
しかし、自分のいのちは芥子ほどもない、などと絶望的になることはない。
密教はそうした宇宙を等身大の大日如来にして目の前に示してくれている。それを胸のなかに納める方法まで教えてくれている。時間にしてもマンダラのなかの仏たちは、ほとんど生き通しに生きているのだが、だからといって、人間のいのちの短さを見放したりしていない。
永遠に近い仏のいのちに、人間のいのちを重ねるすべも伝えてくれている。
そうすることで、生きているいま、このからだのまま自己を完成していける。
マンダラはそのことを分りやすく伝えてくれるドラマなのである。
【⇒次の章へ続く】