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200806

スローなユビキタスライフの実践


インターネットやモバイル環境を利活用しながら、地域でのエコな生活と時々都会にでかけるといったスローなユビキタスライフの体験流を楽しんでいます。

その中で、生活体験に根ざした「HI総合デザイナー(HI Ground Designer)」の必要性を説き、様々な社会的コンテキストと技術的コンテクストを結びつけるために、学際的方法論による総合アートと知識のユビキタスなネットワーク(M-SAKU Networks)活動を実践しています。

皆さんとご一緒に、HIグラウンド・デザイナーの体験流コンセプトを育てて頂ければ幸いです。

早夏の庭の畑(9)、そしてキキョウのつぼみがふくらんで

2008-06-30

94181.jpgそしてキキョウのうす紫色のつぼみが、ふくらんできました。

今にも、ポ~ン、と音がして、咲きだしそうですね。
 

早夏の庭の畑(8)、エダマメにもかわいい黄色い花が咲きました

2008-06-30

94180.jpgそして、エダマメにもかわいい黄色い花が咲きました。

エダマメの花は、なんだかはずかしそうですね。
 

早夏の庭の畑(7)、キューリにもかわいい花が咲きました

2008-06-30

94179.jpgそして、キューリにもかわいい黄色い花が咲きました。

黄色いかわいい花のもとには、もうキューリのベビーがついていますよ。
 

早夏の庭の畑(6)、jジャガイモにかわいい花が咲きました

2008-06-30

94178.jpg畑のジャガイモに花が咲きました。

やさいの花って、とてもかわいいですね。
 

早夏の庭の畑(5)、桑の実も色付きはじめました

2008-06-30

94177.jpg昨年に植えた桑の木がちょっと大きくなってきました。

よく見たら、なんと実ができていました。

そして、少し色付きはじめていました。
 

早夏の庭の畑(4)、ゆりの花、ハーモニー、こんな色も、デジタル化が失わせているもの

2008-06-30

94176.jpgゆりの花が咲きました。

ハーモニーの取れた存在物。

そしてこんな色も。

この花の様子・色を、なんて表現するといいんでしょうかねー?

リアルワールドのデジタル化、言語化、表象化、...
ずいぶんいろんなものを、失わせているのでしょうね?
 

早夏の庭の畑(3)、ゆりの花が咲きました、ハーモニーの取れた存在物

2008-06-30

94175.jpgゆりの花が咲きました。

花を真上からそーと覗き込んだときに、ハッと息をのみこみました。

ハーモニーの取れた存在物。
 

早夏の庭の畑(2)、ゆりの花が咲きました

2008-06-30

94174.jpgゆりの花が咲きました。
 

早夏の庭の畑(1)、さつきの花がやっと咲き始めました、場所や周囲の温度条件によって違う咲き方

2008-06-30

94172.jpg「さつき」の花がやっと咲き始めました。

三浦半島から移植したものです。

三浦半島では、「さつき」というのは、「さつき」、すなわち「5月」には満開だったのですが。

情報も、場所や周囲の温度条件などのコンテクストによって、咲き方が違うんでしょうね、きっと。
 

電車運転のシミュレーション、そのヒューマンインタフェース事例、体感インタフェース

2008-06-29

94170.jpg横浜の上大岡にある京急デパートのおもちゃ売り場で、模型の電車がいっぱい走っていました。

小さな子供たちは、小さなスイッチを使って、模型の電車を停めたり走らせたりして楽しんでいました。

ところが、ひょっと横を向くと、本物の電車の運転席と同じものが置かれていました。
そしてその中では、実際の電車の運転手と同じインタフェースで、ガッチャン、ガッチャンと音をさせて、モーターをコントロールさせていました。

電車運転のシミュレーションを体感インタフェースで、運転するという、そのヒューマンインタフェースの事例として、おもしろく感じ、しばらくボーと眺めていました。
 

ズッキーニの収穫

2008-06-27

94169.jpg庭の畑の、ズッキーニ。

少し小さかったのですが、待ちきれずに、食べました。

1年ぶりの、我が家のズッキーニ。

とても新鮮でおいしかったです。
 

散歩の後は、ゆっくり温泉、大自然の中のくつろぎ

2008-06-27

94168.jpg散歩の後は、やっぱり、ゆっくり温泉です。

大自然の中のくつろぎです。

夜は、満天の星空になります。

それなので、ここは、「星空の湯」。

(この写真の方は、木の露天風呂の方です。
石の露天風呂もあります。1日毎に交代です。)
 

山のみどり、二人の小径、自然遊歩道、そしてせせらぎ

2008-06-27

94167.jpgとなりの町の山のみどりの中、二人の小径という自然遊歩道。

その中をながれる小さなせせらぎ。

苔むす石と清らかな水。

しばらく眺めて、せせらぎの音の中に身をゆだねて、ボーとしていました。
 

山のみどり、二人の小径、自然遊歩道

2008-06-27

94166.jpgとなり町の山のみどりの中に、二人の小径という自然遊歩道がありました。
 

佐久総合病院、研究会、住民主体の健康管理活動、八千穂を中心に、歴史的な体験流

2008-06-25

94152.jpg今日、夜に、佐久総合病院の研究会が開かれました。

今回は、西垣良夫さん(副院長)が「住民主体の健康管理活動 ~八千穂を中心に~ 」と題されて、あの有名な地域活動に関する歴史的な体験談が話されました。


その諸体験流の豊かな奥深さに感動をおぼえると共に、
世の中ではとかく表層的な用語で使われている「住民主体」、「住民参加」などについても深く考えさせられる機会となりました。
その後皆さんで討論がおこなわれました。

当日は、この活動に関する資料や本;
(1)「住民主体の健康管理活動 ~八千穂を中心に~ 」
(2)「農村における地域保健活動 健康管理事例(1) -長野県八千穂村-」
(3)「住民主体の健康増進活動の形成 ~長野県八千穂村における実践から~」(図:「活動にかかわる人と組織の動き」を含む)
(4)「コミュニティ・ヘルスケアにおける保健リーダーの育成について」
(5)「村ぐるみの健康管理 二十五年」(本)
が配布されました。

今後の「地域医療」を考える上での、最高の「学び・示唆」の場を与えて頂いたことに深く感謝しております。

(なお、これらに関することについては、別のサイトを立ち上げています。)
 

山の早夏(3)、高原の教会、ルピナスの花

2008-06-24

94151.jpg高原の教会の前のところに、ルピナスの花がきれいに咲いていました。
 

山の早夏(2)、星空の湯、リエックス、大自然の中でリラックス・リラックス

2008-06-24

94150.jpg星空の湯の露天風呂です。

今日は、リエックスの「星空の湯」が開設して2周年記念の月ですので、半額で入れます。
それに、火曜日は、スーパー・チューズデイ(何かアメリカの大統領選のような名前ですが)ということで、飲み物かアイスクリームも頂けます。

なにはなくとも、...まずは、...

大自然の中でリラックス・リラックス!!
 

山の早夏(1)、稲子湯の風景

2008-06-24

94148.jpg東京へ出掛けて、一仕事してきた翌日は、時々、気分転換に近くのどこかにでかけます。

近くの山々は青々と山の夏に向けて生き生きとしてきます。

これは、稲子湯(八ヶ岳の登り口ひとつ、登山客の古くからの癒しの湯)の入り口あたりの今朝の風景です。

つつじも花が散り始めていました。
 

庭の畑(10)、タマネギの収穫、柔らかくておいしそう、そして風のもとでの保存

2008-06-21

94173.jpgタマネギの上のところ、くきのところが折れてきて、
私に、「もう収穫していいよ」と教えてくれました。

昨年の末から、冬の寒さ、雪を乗り越えて、頑張ってくれたタマネギを、いっぽんいっぽん抜きだして、収穫しました。

ちょうど60個とれました。

柔らかくておいしそうです。

すぐ食べるものを別にして、残ったものを風のもとにつるして保存しておきます。
風にあてておくと、新タマネギとは違った芳醇な味わいがでてくるようです。

情報も、風のもとにつるしておくと、芳醇な味わいになってくるようになると、おもしろいですね。
 

庭の畑(9)、タマネギの上のところが折れてきました、収穫時期の自らのお知らせ

2008-06-21

94147.jpg先週まで元気いっぱいだったタマネギに変化がおきてきました。

上のところ、くきのところが折れてきました。
全員でおじぎをしているようです。

これは、収穫時期を自ら、私たちに教えてくれているのだそうです。

情報にも、収穫の時期があり、自ら私たちに教えてくれるようなことがあると、おもしろいですね。
 

庭の畑(8)、植えなおしたキューリの苗も少し大きくなってきました

2008-06-21

94146.jpgキューリの苗は、一度植える時期が早すぎて、一夜の寒さにやられて、失敗してしまいました。

その後、植えなおしたキューリの苗も少し大きくなってきました。
 

庭の畑(7)、ナスの苗にもかわいい紫の花が

2008-06-21

94145.jpg庭の畑のナスの苗も少し大きくなってきました。

かわいい紫の花が咲き始めました。
 

庭の畑(6)、ブドウに小さな小さな実が付き始めました

2008-06-16

94144.jpgブドウに小さな小さな実が付き始めました。

鳥さんに気をつけないと、...
 

庭の畑(5)、さくらんぼの実、食べられてしまって最後の一粒です。

2008-06-14
94143.jpg庭の畑のさくらんぼが今年初めて実を付けてくれました。

おいしくて、みんな食べられてしまいました。

これが最後の一粒です。

かわいいですね。
 

庭の畑(4)、トマトの苗、虫除けにバジルの苗も一緒に

2008-06-14

94142.jpg庭の畑のトマトの苗も少し大きくなってきたようです。

写真の中央のトマトの苗の手前にある、小さな苗はバジルの苗です。

トマトの苗を植えるときには、その近くに、虫除けのために「バジル」の苗も一緒に植えておくといい、とのお話を伺ってトライしてみました。
 

庭の畑(3)、冬を越したタマネギも

2008-06-14

94139.jpg庭の畑の、冬を越したタマネギも大きくなってきました。
 

庭の畑(2)、ズッキーニにも、花と小さな実が

2008-06-14

94137.jpg庭の畑のズッキーニにも、かわいい黄色い花が咲きました。

下の方に小さな実ができはじめました。
 

庭の畑(1)、ジャガイモが青々と

2008-06-14

94136.jpgここんところに雨と太陽で、庭の畑のジャガイモが青々としてきました。
 

ペルーの地図(4)、地図とはまさに地と図、そして説明・写真、情報の歴史・シナリオのプラットフォーム

2008-06-07

94135.jpgもうひとつのペルーの地図として、現地で売られていたこの観光ルート図を買いました。

これを片手に、....

クスコ(Cuzco)からプーノ(Puno)・チチカカ湖(Lago Titicaca)への旅は、
何キロメートル位あるんだろうか?
どのくらい時間がかかるんだろうか?
途中のまわりには、どんな遺跡などのみるところがあるんだろうか?
最高地点は、何メートルぐらいの峠なんだろうかか?
今は標高何メートルぐらいのところを走っているんだろうか?
この辺には、どんな歴史や伝説があるんだろうか?
などなど。

地図とはまさに地と図、そして説明・写真、などを総合した、
歴史・シナリオのプラットフォームになっていました。

情報の総合的な歴史・シナリオのプラットフォームとは何なんでしょうか?
 

ペルーの地図(3)、立体地図、斜めにより拡大して見ると、地図とはまさに地と図、情報の「地」と「図」

2008-06-07

94132.jpgペルーの地図、立体地図です。

それを、斜めにして、より拡大して見ると、こんな風に見えてきます。

「地図」とは、まさに「地」と「図」からできているのですね。

情報も、斜めにして見たり、斜めにして拡大して見てみると、「情報」の「」と「」が浮かび上がってくる、自ずからEmergenceしてくる(創発してくる)のでしょうね。
 

ペルーの地図(2)、立体地図、斜めに見ると

2008-06-07

94131.jpgペルーの地図です。

それを、写真のように、斜めに見ると、より一層立体的に見えてきました。
 

ペルーの地図(1)、立体地図、偏見・一般化と情報の見方についての学び・示唆

2008-06-07

94130.jpgペルーの地図を買ってきました。

それも、写真のように立体になっている地図です。

それにしても、ペルーって、緑のジャングルがこんなにも広いところだったんですね。
一般的なペルーのイメージは、アンデスの山国ってところだったんですが。

一般化、偏見:偏った見方をして、ある視点からのみ眺めて、ものごとはこうだと見がちですが。

立体の地図を買って眺めていて、改めて、情報の見方についての「学び・示唆」を頂きました。
 

ナスカ(7)、地上絵遊覧飛行、眼下にパンアメリカン・ハイウエイ、スケールの大きいコンセプト

2008-06-05

94110.jpgナスカの地上絵遊覧飛行。

眼下に「パンアメリカン・ハイウエイ」が見えてきました。

残念ながら、地上絵の一部は、この「パンアメリカン・ハイウェイ」によって傷つけられた、ということです。

あまりにも巨大なナスカの地上絵。
あまりにもスケールの大きい、コンセプト。

地上の人には、何がなんだかわからなかったのでしょうね。

もしかしたら、天上からしか見えない巨大な情報、スケールの大きいコンセプトというのが、あるかもしれませんね。
それが、現代の「パンアメリカン・ハイウエイ」のようなもので、傷つけられないようにしたいですね。
 

ナスカ(6)、地上絵遊覧飛行、眼下に地上絵、セスナ機は真横になりながらグルグル旋回

2008-06-05

94107.jpgナスカの地上絵遊覧飛行。

眼下に地上絵が見えてきました。
(残念ながら、主にビデオで撮っていたので、写真は少ないです。)

この3人乗りのセスナ機の若いパイロットさんは、サービス精神旺盛です。

右側で、地上絵が見えると、こんどは左側の人のために、その絵を中心に、今度は左に真横になりながらグルッと旋回してくれるのです。

その度に、身体は45度くらいに傾きながら、グルッと回るのです。

なんだかセスナ機から飛び出しそうです。

カメラをのぞいていると、気持ちが悪くなってきます。

宇宙飛行士、サル、ハチドリ、などなど、写真でみたとおりの地上絵を楽しみました。
ブーンブーンというセスナ機の騒音の中で、右に左に身体を傾けながら、酔わないように酔わないように気をつけながら。

この写真は、セスナ機の翼の下にちょうど三角形が並んで見えたときのものです。

でも、誰が、何のために、こんな大きな形を描いたのでしょうかねー?
 

ナスカ(5)、地上絵遊覧飛行、セスナ機の操縦席の横にすわる、いよいよプロペラが回り始めました

2008-06-05

94103.jpgナスカの地上絵遊覧飛行。

セスナ機の操縦席の横にすわって、いよいよプロペラが回り始めました。

デジカメのビデオで撮影すると、なんと、プロペラが、チョコチョコとアニメのコマのようにゆっくり動いているだけではないですか!

ホントに飛べるのかなー?
 

ナスカ(4)、地上絵遊覧飛行、セスナ機の操縦席の横にすわる

2008-06-05

94102.jpgいよいよ、ナスカの地上絵遊覧飛行に出発です。

セスナ機の操縦席の横にすわりました。

写真では見たことはあっても、実際に横で操縦しているのを、一緒に体験するのは初めてです。
ワクワクしてきました。

これから、手前にある黒、空色、赤の3つのスロットルを右手の指でこちょこちょ回したりして調整しながら飛び上がります。

ずーと以前に、ブラジル(Brasil)のリオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)にいくときに、ジャンボ飛行機のコックピットに入れてもらって、満天の銀河を満喫したり、訓練センターで、B-747のフライト・シミュレーターで、東京上空を飛ばさせて頂いたこともあるんですが、共に、オートマティック、自動制御のかたまりの感があり、コンピュータに人がコントロールされているような気がしたものでした。

ところが、セスナ機はやはり違いますね。
手動メカのかたまりで、まさに人が動かし、飛ばそうとしているという感じがしました。

それが、ワクワクさせたのかもしれません。
それと、ちょっと危なそうな気もしたので、...
 

ナスカ(3)、地上絵遊覧飛行、セスナ機

2008-06-05

94099.jpgおよそ5時間待って、やっと、ナスカの地上絵遊覧飛行の順番がまわってきました。

この写真の飛行機が3人乗りのセスナ機です。
 

ナスカ(2)、キープ、結び目で数を記録した道具、情報の記録のオリジン、その意味

2008-06-05

94098.jpg「キープ(Quipu)」の展示の下に、写真に示すような、説明がされていました。

Huari Quipu

Quipu of colors.
Woven with camelid wool and human hair.
The not is in 
all cord.
Quipu was used for the accouning.

Technique: Braiding

エッ、人の髪の毛も使われていたのですね。

-------------------------------------------
「キープ(Quipu)は結び目で数を記録した道具。
基本的に、結び目を付ける下げ縄とそれをぶら下げるための主縄からなる。
下げ縄に施された結び目には、単結びと巻き結びがあり、前者は下げ縄の最下部で一の位を表わし、後者はそれ以外の桁の数を示すのに用いられた。
文書記録によれば、キープの色分けは数値の内容を示すとされているが、現在ではどの色が何の数値を記録したのかわかっていない。
16世紀にスペイン人によってなされた査察に際し、首長たちはキープに記録された数量を見ながら答えている。
 インカの歴史や伝承を記録する目的でスペイン人がキープの専門職であるキープ・カマヨックと呼ばれる人々から、統計記録以外の情報も集めたということから、キープ(Quipu)には言語に類する情報が記されていたのではないかと考える研究者もいる。(S.O)」
(以上の文章は、「インカ、マヤ、アステカ展:The World of Maya, Aztec and Inca:The Three Great Civilizations of Mesoamerica & the Central Andes」資料より引用させて頂きました。)
 

ナスカ(1)、キープ、結び目で数を記録した道具、情報の記録のオリジン

2008-06-05

94096.jpgチチカカ湖(Lago Titicaca)からプーノ(Puno)へ、そして飛行場のあるフリアカ(Juliaca:標高3825メートル)まで、バスで戻り、
そこから飛行機でリマ(Lima)へ、3800メートルを下りながら飛んで行きました。

次の日の早朝に、リマからナスカ(Nazca)の地上絵を見に行きました。

ところが、ナスカというところは、時々霧が発生したりして、「アエロ・コンドル」社の飛行機は、なかなか定時どおりには飛ばないようなのです。

この日も、ナスカの近くのイカ(Ica)の空港へ飛ぶ予定が、霧のため、バスで1時間ぐらい手前のピスカ(Pisco)という空港に降ろされました。

でも、そこからのバス旅行もおつなもので、これまでみたことのないような景色が続くのを楽しみました。

ところが、イカ(Ica)に着いても、すぐにナスカの地上絵遊覧の飛行機に乗れるわけではないのです。

昨日ここ、イカ(Ica)まで来られたお客さんたちは、霧があって、遊覧飛行機を飛ばすことができないので、地上絵を見ないで、リマ(Lima)へ帰っていったそうです。

今日も、霧で遊覧飛行機がなかなか飛ばない上に、昨日の見えなかった方々の内の一部が、早朝にリマからバスで押しかけていたりして、なかなか順番がきません。

そこで、順番がくるまで、イカの町の方へ観光にでかけ、博物館やオアシスの砂山のぼり、レストランでの食事などを楽しみました。

その昼食のレストランの壁に、写真のようなものをみつけました。
これは、「キープ(Quipu)」というもので、リマ(Lima)の天野博物館(Museo Amano)で見て、気になっていたのですが、天野博物館では写真撮影が禁じられていたので、撮れなかったものでした。

「キープ(Quipu)」とは、結び目で数を記録した道具だったのです。
インカの「情報の記録」のオリジンに出逢えたわけです。

霧で遊覧飛行の順番が遅くなり、待たされた結果、こんなラッキーなことにめぐり合えました。
「人間万事塞翁が馬」っていうことですかねー。
 

チチカカ湖(7)、ウロス島、トトラでできた家の屋根の上には太陽光発電

2008-06-04

94090.jpgなんと、ウロス島の浮き島の中の、トトラでできた家の屋根の上には「太陽光発電」がのっていました。

エコ最前線ですね。

我が家も、屋根自体が太陽光発電になっているので、なんだか同じようで、また、うれしくなってきました。
 

チチカカ湖(6)、ウロス島、トトラでできた家の屋根に何かが?

2008-06-04

94088.jpgトトラでできた浮き島の上を、うれしくなって、歩き回りました。

なんだか、ふわふわしているようで、でも時々すべりそうで、何か楽しいところです。

そこで、左手にあるトトラでできた家の屋根の上をみてみると、...
 

チチカカ湖(5)、ウロス島、浮き島の仕組み、島を分けるときは大きなノコギリで

2008-06-04

94087.jpgウロス島のひとつに上がらせて頂きました。

そこで、浮き島の仕組みをおそわりました。

写真の真ん中に束ねられているように、トトラの根をまとめて、縄で縛って島の土台を作り、その上にトトラの葉を3メートルぐらい積み重ねてつくるらしいのです。

普通は数家族で住んでいて、何か都合が悪くなると(?)、
写真の地図のところに立てかけてある「大きな長いノコギリ」で、浮き島を、ギーコ、ギーコ(?)と切って、2つの島にするのだそうです。

あー、だから島の数がいくつあるかは、その時になって聞いてみないと分からなかったのですね。

情報や組織も、この「大きい長いノコギリ」のようなもので、ギーコ、ギーコ切って2つにわけたり、縄でくっつけたりできると面白いんですがねー。
 

チチカカ湖(4)、ウロス島、トトラでできた浮き島、トトラでできた家、トトラでできた舟

2008-06-04

94083.jpgトトラでできた浮き島、トトラでできた家、トトラでできた舟です。

この付近一帯の浮き島は、総称して、「ウロス島(Isla de Los Uros)と呼ばれています。

いくつの浮き島があるのですか?

本には、大小あわせて40ほど、37とも言う。
実は、上陸して、聞いてみると、今日はちょっと違う数字。

どうしてかなー?
 

チチカカ湖(3)、トトラの舟、今日はお祭り?

2008-06-04

94080.jpgトトラの舟に出合いました。

今日はお祭り?

インディヘナの家族の方々の服装がとてもきれいです。

チチカカ湖は、アンデス山脈のほぼ中央、面積は琵琶湖のおよそ12倍、標高3890メートル、だそうです。

写真のうしろの方に点在するのが、何十もある、トトラと呼ばれる葦を積み重ねた“浮き島”とトトラでできた家々です。
 

チチカカ湖(2)、群生するトトラの中の水路

2008-06-04

94076.jpg群生するトトラ(葦)の中に水路ができています。

そこを船で進みます。
 

チチカカ湖(1)、幻想的な夜明け

2008-06-04

94075.jpg朝早く、暗いうちから、ずーと日の出を待っていました。

ここは標高3890メートルのチチカカ湖(または、ティティカカ湖 Lago Titicaca)の湖畔です。
朝の5時、 しばらくたたずんでいるだけで、身体が冷え込んできました。

薄明かりの景観と、にわとりのコケッコーの鳴き声などを、1時間ほどあじわっているうちに、やっと湖の左の方から、日が昇り始めようとしてきました。

写真は、日のあたりはじめたチチカカ湖の風景です。
右側の岸辺の一部の建物に日があたり、その反射が、湖に映りはじめました。
写真の手前の2つの小屋は、トトラ(湖にはえる葦)で造られたものです。

段々と明るくなって行く幻想的な夜明けを楽しみました。
 

クスコからプーノへ(9)、ジャガイモ、土をぬって食べる

2008-06-03

94070.jpgジャガイモを食べさせて頂きました。

何をつけてたべようかな...

石の食卓の上のお皿には、土の小さなかけらが積んでありました。

ここの地元の方々は、この土を水で溶かしたものをぬって食べると教わりました。

試しに、おそるおそる泥のようになった土をぬって、ジャガイモをほうばりました。

それは、少し塩味のきいた、ミネラルたっぷりと思われる不思議な感触の味でした。

ジャガイモのふるさとのアンデスの地元で、伝統的な味のふるさとも味わってみました。
 

クスコからプーノへ(8)、地元の方のお宅訪問、石組みの家

2008-06-03

94067.jpgシュスタニ(Sillustani)遺跡の近くにある、地元の方のお宅を訪問させて頂きました。

写真のように、きれいに石組みされたお家でした。

写真の右側にある石の食卓の上には、ジャガイモなどの伝統的な食べ物も用意しておいてくれていました。
 

クスコからプーノへ(7)、シュスタニ遺跡、なぞの岩石、磁石がぐるぐる回る

2008-06-03

94028.jpg「なぞの岩石」の右側の表面に、「渦巻状のしるし」が彫られています。 

ご一緒された方が、磁石を取り出して、その「渦巻状のしるし」に近づけてみました。

すると、渦巻きに沿って、ホンの少し磁石を動かすだけで、磁針がクルッと動き始めました。

なんという不思議な岩なのでしょうか?

もしかしたら、宇宙の彼方からきたものでは?
などと、いろいろ想像・議論していたら、おもしろくなってきました。

アンデスの、この地域には、なんだかワクワクするようなものが、ここそこにあるような気がしてきました。
 

クスコからプーノへ(6)、シュスタニ遺跡、なぞの岩石

2008-06-03

94026.jpgシュスタニ遺跡を出ようとしたときに、写真のような「なぞの岩石」がありました。

岩石の右側の表面に、なんだか「渦巻状のしるし」が彫られています。
 

クスコからプーノへ(5)、シュスタニ遺跡、生命の再生のシンボル

2008-06-03

94024.jpgシュスタニ(Sillustani)遺跡の中の、チュルパ(Chulpa)と呼ばれる墳墓の壁の中に、写真のようなものが見えました。

墓守りの彫刻で、「ヤモリ」のようです。

しかも、尻尾が切れています。

この尻尾は切られても、また再生するといわれています。

生命がよみがえると信じられていたとのこと、すなわち再生のシンボルですね。

情報のデザインも、尻尾を切られても、再生するというようになっているといいですね。
 

クスコからプーノへ(4)、シュスタニ遺跡

2008-06-03

94019.jpgプーノに近いところにある、シュスタニ(Sillustani)遺跡を訪ねました。

プレ・インカ時代のコラ(Kolla)文化からインカ時代にかけて造られてきた、石塔のお墓が広大な丘の上に、たくさんありました。

この写真は、チュルパ(Chulpa)と呼ばれる墳墓で、中に太陽が差し込むことによって、生命がよみがえると信じられていたらしい、とのことです。
 

クスコからプーノへ(3)、ラ・ラヤ峠、4300メートルの高原の平原

2008-06-03

94015.jpgこの写真は、ラ・ラヤ峠から、プーノ(Puno)側に向かって見た、4300メートルの高原の平原の風景です。

写真のずーと奥にある方向へ、これから少しずつ下りていきます。

ここまで、標高およそ3400メートルのクスコ(Cuzco)から、およそ180キロメートル。

ここから、標高およそ3900メートルのプーノ(Puno)までは、まだ、およそ200キロメートルもあります。
 

クスコからプーノへ(2)、ラ・ラヤ峠、4300メートル越えの体験

2008-06-03

94012.jpgラ・ラヤ峠(Abra la Raya:直訳すると“限界の山峡”)の標識の写真です。

地図の案内では、ラ・ラヤ峠は、4313メートルとなっていましたが、
こちらの標識では、4338メートル、
実は、反対側の標識は、4335メートルとなっていました。

まー、どちらでもいいことですが、いずれにしても、初めて4300メートルを越える体験を、峠の風に身をまかせながら、味わうことができました。

とてもこれないと思っていたので、うれしかったです。
 

クスコからプーノへ(1)、3400メートルから4300メートルを越えて、高地に慣れる体験流に感謝

2008-06-03

94011.jpgクスコから、ほぼ一日中バスに乗って、標高3400メートルから4300メートルを越えて、およそ380キロメートルの高原の山あいの道を、プーノへ向かいました。

一昨年に中国の四川省で4000メート越えの旅を体験していましたが、4300メートルを越えるのは、初めての体験です。
高山病にならないか、ちょっと心配もしていました。

中国の四川省の時には、4000メートルに上がるのに、時間が短かったこともあり、何かちょっとフラッとした思い出がありましたが、
今回は、時間をかけて、何日も高地で滞在し、徐々に高度を上げたこともあり、自分でもびっくりするほど、スムーズに4300メートルを体験することができました。

高地に慣れるようにして頂いた皆さんの体験流に感謝したいと思います。

この写真は、4313メートルの「ラ・ラヤ」峠から見たアンデスの山々の風景です。
 

クスコ(7)、レストランでのフォルクローレの音楽、Arcoiris、アンデスと西洋の音楽の融合、そして新たなエクスペリエンスへ

2008-06-02

94010.jpgクスコの夜を、レストランのフォルクローレ(folklore)の音楽で堪能しました。

でも、単にフォルクローレというだけでは、足りない、アンデスと西洋の音楽を融合し、そして新たなエクスペリエンスを与えて頂いた、というのが率直な感じです。

そのグループの名前は、
「Acroiris」(直訳すると“虹”)
です。

アンデス地方の民族楽器のケーナとサンポーニャのそのときの音色が今も耳にのこっています。

その場で演奏してくれた曲の入った、彼らのCD;
「Oda a la alegria」(“歓喜の歌”)
を買いました。

ベートベン(Beethoven)、バッハ(Bach)、モーツアルト(Mozart)などの名曲を、単にカバーしているだけではなく、何か別の音の世界に誘ってくれました。
 

クスコ(6)、満天の銀河、南十字星、北斗七星は地平線に、クスコの夜景、

2008-06-02

94009.jpgビスタドームを「オリャンタイタンボ(Ollantaytambo)」で降り、そこからバスで、高原の山の夜道を、クスコ(Cuzco)へ向かいました。

実はその夜道で、至福の時間を楽しむことができました。

3000数百メートルの高原の山の夜道です。

空は、満天の銀河です。

南十字星、...
さそり座、...

そして、なんと、北斗七星が、地平線ぎりぎりに横たわっているではありませんか。

当たり前といえば当たり前かもしれませんが、日頃見慣れた天上にある北極星は、地平線の下にあります。

あんな北斗七星の形を見たのは、生まれて始めてでした。

一昨年に、中国の四川省の4000メートル近い高原でも、満天の銀河を堪能しましたが、そのときにもまして、とてもうれしかったです。

夜空の写真はとれなかったので、代わりに、思い出のキーとして、クスコの夜景の写真を載せておくことにします。
この夜景も、とても素晴らしかったです。
 

マチュピチュ(18)、帰りのビスタドームの天井ガラスからの絶景、雪の山

2008-06-02

94008.jpg帰りのビスタドームの中では、乗務員による名物イベントとなっているファッションショウを楽しみました。
ペルー鉄道のビスタドームの乗務員の採用条件は、多分、すごい美人、イケメンであること、そうであるに違いないというのが、ファッションショウを実体験した乗客の一致した意見でした。

ビスタドームの楽しみは、ファッションショウに加えて、おいしい食事と、天井ガラスからの絶景を楽しむことです。

途中で、写真のような雪の山も見えました。
 

マチュピチュ(17)、線路は続くよどこまでも、どこにトンネルがと探しに行く

2008-06-02

94006.jpg遺跡のところからシャトルバスで、いわゆる“いろは坂”を下りてくるときに、家内が不思議なことを言いだしました。

「マチュピチュへくる線路の終点は、そこで降車したアグアス・カリエンテス駅なのにその先の奥にも、ずーと線路が続いていて、それがこの坂から見えた。そしてところどころに線路が切れて見えていたが、あれはきっとずーと奥にもトンネルがあるからに違いない」
と言い出したのです。

となると、確かめなくては...

ということで、何と、終点から線路の上を、どんどん歩き出したのです。

自然と口笛を吹きながら...何十分も...

♪♪“...Stand by me...♪♪

と映画のシーンのように、とついつい歌いだしてしまいました。

そこでやっと見つけたのが、このトンネル。

よかったー、これで今夜もぐっすり休めます。
 

マチュピチュ(16)、インカ道を大きな材木を抱えて

2008-06-02

94005.jpgインカ道を大きな材木を抱えて、登ってくる方々がいました。

途中、途中を、きれいにメンテナンスして頂いていました。

ありがとうございま~す。

何も持たずに歩いて登るだけで、汗だくだくで、フーフー言っている自分。

「道」は創るのも大変ですが、日々の地道なメンテナンスを伴ってはじめて「道」になるなだなー、と教えて頂きました。
 

マチュピチュ(15)、石の門(太陽の門)

2008-06-02

94003.jpgこれが石の門、太陽の門です。

マチュピチュ側と反対側の、写真の左側のインカ道をいくと、インティプンク(Intipunku)の遺跡の方へ続くそうです。

インカ道は、ずーと続いています。
 

マチュピチュ(14)、太陽の門から見たマチュピチュ全景、全景からのシナリオの感じ

2008-06-02

93994.jpg太陽の門の峠から見た、こちらから見た遺跡、右手奥の後方にワイナピチュが見えます。

こちらから、とは
「マチュピチュ(Machu Picchu)、直訳すると“老いた峰”」側から、
とうことで、
写真の右手後方に見えるのが、観光ポスターなどでも有名な
「ワイナピチュ(Huayna Picchu)、直訳すると“若い峰”」
です。

聞くところによると、ここの遺跡を発見したときに、ここは?と聞いたときに、
その説明のときに発せられた言葉、すなわち、こちらの大きなこの峰、
マチュピチュ(老いた峰)の言葉を発したので、
遺跡自体の名前を、マチュピチュと呼ぶようになったとか、なんとかという話だそうですよ。

それにしても、見る方向とか、距離によって、ずいぶん印象が違ってくるものですね。

こちらからは、段々畑の部分が大きく見えるような気がします。
また、シャトルバスで登ってきた、急な、いわば“いろは坂”も見えて、その谷底のウルバンバ川も見えます。
この全体の景色が、何だかシナリオのようにも感じてきました。

情報のデザインも、同じ資源から作成されたものであっても、見る方向によって、見る距離によって、見る立場によって、ずいぶん印象が違ってくることがありますよね。
 

マチュピチュ(13)、こちらから見た遺跡、見る方向で違う印象

2008-06-02

93988.jpg先ほどの写真のところから拡大して見た、こちらから見た遺跡です。

それにしても、見る方向によって、ずいぶん印象が違ってくるものですね。

こちらからは、段々畑の部分が大きく見えるような気がします。

こちらからは、農作業の汗と苦労が、感じられるような気がします。
 

マチュピチュ(12)、登っていくと後方に遺跡と花

2008-06-02

93984.jpgだいぶ登って汗をかいてきた頃に、後ろを振り向くと、昨日見た遺跡が後方に見え始めました。

赤い大きな花も...
 

マチュピチュ(11)、インカ道を歩む

2008-06-02

93982.jpg昨日見た、太陽の神殿の窓に光を注ぐ、「太陽の門」を目指して、
「インカ道(Camino del Inca)」をのぼりました。

写真は、インカ道を歩き始めたところです。

ここにも石の技術が生かされていました。
 

マチュピチュ(10)、スイカの芸術品

2008-06-01

93978.jpgホテルに帰ったら、レストランに、こんな芸術品がおかれてました。

なんと、スイカに彫刻したみたいですよ。

すごいですね。
 

マチュピチュ(9)、見渡す限りの段々畑、石組み技術のオリジン?

2008-06-01

93976.jpg見渡す限りの段々畑がありました。

ここで、ジャガイモや、トウモロコシや、コカや、200種類以上の食物を栽培していたそうです。

石組みの技術のオリジンは、こんなところからの体験流のたまものかもしれませんね。

そして、ジャガイモのオリジンはアンデスにあると言われています。
我が家の畑で、今、生い茂っているジャガイモも、このへんの栽培の体験流を、長ーい間かかって引き継いできたのかもしれませんね。

そう考えると、体験流ってすごいものですね。
 

マチュピチュ(8)、高度な石組み技術の基本

2008-06-01

93975.jpg高度な石組み技術の基本のひとつが、遺跡の中に残されていました。

でも、どうして、この石は、作業の途中で残されているのだろう?

作業の途中で、...
何かの知らせがあって...
みんなで、そのままにして、突然いなくなった...とか

アー、想像がどんどん拡がって...

アッ、みんないなくなっちゃった。
急いで追いかけなくっちゃ。
 

マチュピチュ(7)、遺跡の中の赤い花?

2008-06-01

93974.jpg遺跡の中を散策していたら、こんな赤い花(それとも葉っぱ)を見つけました。

紺碧の空、白い雲の下で、「空中都市」、「失われた都市」の歴史、人々の体験流をずーと眺めていたのかもしれませんね。
 

マチュピチュ(6)、あの山のあそこが太陽の門へ至るインカ道

2008-06-01

93973.jpgそして、その太陽の光がやってくるところが、写真にみえるずーと遠くの山の、少しへこんだ峠にあるとのことです。

あの山のあそこが、太陽の門があるところです。

そこに行くには、インカ道を1時間ほど歩いていく必要があるとのことです。

明日は、是非、あそこに行ってみたい...
 

マチュピチュ(5)、太陽の神殿、太陽の光の窓

2008-06-01

93971.jpgこれが、太陽の神殿です。

曲線を描いた見事な石積み技術に感服しました。

でも、もっと驚いたのは、いくつかの窓。

そこに金や銀が付けられ、太陽の光を受けて、神殿にスポットライトを当てていたということです。

そして、その太陽の光がやってくるところは...
 

マチュピチュ(4)、そしてついに念願の遺跡に

2008-06-01
93970.jpgそして、バスを降りて、歩いて急坂をのぼりつめると、
パーと眼前に、この景色です。

子供の頃から、いや年取ってから、行きたいな、でも高山病にならないかな、
など、いろいろ考えて延ばし延ばしになっていた地に、
やっと立つことができました。

ホントにうれしかったです。
家内とおもわず、握手をしてしまいました。
 

マチュピチュ(3)、遠くに少しずつ石段のようなものが見えてきました

2008-06-01
93969.jpgバスでもっともっと上がっていくと、

遠くに、少しずつ石段のようなものが見えてきました。

そして...
 

マチュピチュ(2)、ウルバンバ川、急峻な谷あい

2008-06-01
93968.jpgビスタドームの終点のマチュピチュ村(Pueblo del Machu Picchu)
(以前は、アグアス・カリエンテス(Aguas Calientes);直訳すると熱い水、すなわち温泉)
から、シャトルバスで、急ないわば“いろは坂”をぐんぐん登っていくと、
写真のような景色。

ワー...

そして...
 

マチュピチュ(1)、ウルバンバ川、アマゾンの源流とひとつ、そしてインカ道、

2008-06-01
93967.jpg「ユカイ(Yucay)」からバスで、「オリャンタイタンボ(Ollantaytambo)」へ。

そこから、各車両の上部がガラス張りになっている「ビスタドーム(Vistadome)」で、
いよいよ「マチュピチュ(Machu Picchu)」へ。

写真は、車窓からの景色で、つり橋の下を流れるのはウルバンバ川(Rio Urubamba)の急流、
アマゾン川の源流のひとつと聞いて、また、うれしくなってきました。

対岸に見える細い道が「インカ道(Camino del Inca)」。

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ところで、「オリャンタイタンボ(Ollantaytambo)」という名前、とてもかわいい感じがしませんか?
特に、「タンボ」というところが、日本語みたいですね。

実は、「インカ道」沿いには、「タンボ」という宿駅が置かれていたそうです。
タンボは、軍隊の移動に伴う食料や物資の補給、また、
行政官による巡察の際に便宜をはかることを目的にしたほか、
4人のチャスキ(継飛脚)を常駐させる施設でもあった、そうです。